日本人のためのカナダ情報
日本との関係

日加関係の歴史

日本との関係日系移民の始まり(Early Japanese immigration to Canada)カナダで記録に残る最初の日本人は、1877年に来たマンゾウ・ナガノ(Manzo Nagano)です。日本からの移民は1877年から1928年までと、1967年以降の2つの波に分けられます。戦前の日系カナダ人の多くはBC州の太平洋岸に住み、漁業や農業、林業などで暮らしを立てました。日本との関係第二次世界大戦中の強制移動(Internment of Japanese Canadians)1942年、BC州の太平洋岸に住んでいた約2万2,000人の日系カナダ人は、連邦政府の命令で海岸から離れた地域へ移され、財産も処分されました。1946年には約4,000人が日本へ送られ、海岸に戻る自由が認められたのは1949年4月1日です。1988年、連邦政府は公式に謝罪しました。日本との関係日加関係の歴史(Canada–Japan relations)日本とカナダの外交関係は1928年に始まりました。日本が同年オタワに外交使節団を置き、カナダは1929年5月21日に東京に使節団を開きました。両国はG7のメンバーとして協力し、2026年3月には関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げしています。日本との関係リドレス(1988年の補償合意、Japanese Canadian Redress Agreement)1988年9月22日、カナダ政府と全国日系カナダ人協会(NAJC)は「日系カナダ人リドレス合意」に署名しました。第二次世界大戦中と戦後の不当な扱いについて、政府は下院で公式に謝罪し、補償を申し出ました。合意にもとづき、カナダ人種関係財団(CRRF)が設けられています。日本との関係日本とカナダの姉妹都市(Sister cities)自治体国際化協会(CLAIR)の一覧には、日本とカナダの姉妹(友好)提携が73件載っています。相手はBC州が34件でいちばん多く、日本側は北海道の自治体が26件を占めます。古いものではバンクーバー市と横浜市(1965年)、州どうしではアルバータ州と北海道(1980年)があります。日本との関係日加ワーキングホリデー協定の歴史(Japan–Canada Working Holiday Program)日本とカナダのワーキングホリデー制度は1986年に始まりました。日本にとっては、オーストラリア(1980年)、ニュージーランド(1985年)に続く3番目の相手国です。その後の見直しで、日本人もカナダ人も、相手の国のワーキングホリデーに2回まで参加できるようになりました。