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日本との関係 / 日加関係の歴史

日加関係の歴史(Canada–Japan relations)

ひとことで言うと

日本とカナダの外交関係は1928年に始まりました。日本が同年オタワに外交使節団を置き、カナダは1929年5月21日に東京に使節団を開きました。両国はG7のメンバーとして協力し、2026年3月には関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げしています。

目次
  1. 外交関係の始まり
  2. 経済の結びつき
  3. 人の行き来
  4. 国際的な協力
  5. 日本との違い・注意点

外交関係の始まり

日本とカナダの外交関係は、1928年に始まりました。

外務省のカナダ基礎データ(新しいタブで開く)は、カナダの略史の中で、1928年を「日本と外交関係樹立」の年としています。

カナダ・グローバル連携省(Global Affairs Canada)のカナダと日本の関係のページ(新しいタブで開く)は、その流れを次のように記しています。

年出来事
1928年日本がオタワに外交使節団を置く
1929年5月21日カナダが東京に外交使節団を開く

当時のカナダは、英国から自治を認められていたものの、外交の権限は英国にありました。外務省の略史によると、カナダが実質的に独立したのは1931年のウェストミンスター憲章によってです。日本との外交関係は、カナダが自分で外交を始めた早い時期にあたります。

外交関係ができる前から、日本からカナダへ渡る人はいました。その歴史は「日系移民の始まり」で扱っています。第二次世界大戦中の日系カナダ人の歴史は「第二次世界大戦中の強制移動」と「リドレス(1988年の補償合意)」の記事にまとめています。

経済の結びつき

外務省によると、日本はカナダから主に原材料や農産品を輸入し、カナダへは主に自動車や機械などを輸出しています。外務省はこの関係を「相互補完的」と説明しています。

両国の経済の話し合いの場には、次のようなものがあります。

  • 日加次官級経済協議(Joint Economic Committee、JEC):1976年から、ほぼ年に1回開かれています。カナダ側の説明では、34回目の会合が2025年12月11日に開かれました。
  • CPTPP:外務省によると、2018年12月に「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」が発効し、日加の間で初めての経済連携協定になりました。

外務省によると、2025年の日本からカナダへの輸出は1兆7,264億円、カナダからの輸入は1兆8,370億円でした(財務省貿易統計)。カナダからは、2019年6月に液化石油ガス(LPG)、2025年6月に液化天然ガス(LNG)が日本を含むアジアへ輸出されるようになりました。

人の行き来

両国の間では、旅行や留学、仕事で多くの人が行き来しています。

項目数説明した機関
カナダに住む日本人(在加邦人)75,316人(2025年10月1日現在)外務省
日本に住むカナダ人12,441人(2025年12月末時点)外務省(法務省の統計)
カナダに住む日系の人129,425人を超える(2021年国勢調査)カナダ・グローバル連携省
2025年に日本からカナダを訪れた人約17万7,000人カナダ・グローバル連携省
2025年にカナダから日本を訪れた人約68万8,000人カナダ・グローバル連携省

「在加邦人」は日本国籍を持つ人の数です。「日系の人」は日本にルーツを持つ人の数で、カナダ国籍の人も含みます。2つは別の数です。

カナダ側の説明では、ほかに次のような交流があります。

  • 日本の学校や自治体で働く「JETプログラム」に、約600人のカナダ人が参加している。
  • ワーキングホリデーの制度(国際経験カナダ、International Experience Canada、IEC)を使って、多くの日本人とカナダ人が相手の国で短い期間、旅行し、働いている。
  • 友好協会が25、姉妹都市・姉妹州・姉妹港の関係が73ある。

ワーキングホリデーの協定の歴史は「日加ワーキングホリデー協定の歴史」、姉妹都市は「日本とカナダの姉妹都市」で扱います。

国際的な協力

外務省によると、日本とカナダは、インド太平洋地域の大切なパートナーで、どちらもG7のメンバーです。政治、経済、安全保障、人の交流など、幅広い分野で協力しています。

外務省の説明にある主な出来事は次のとおりです。

  • 2019年4月:首脳の間で「自由で開かれたインド太平洋」のもとで戦略的パートナーシップを強めることで一致
  • 2022年10月:外相会談で「FOIPに資する日加アクションプラン」を発表
  • 2026年3月:首脳が共同声明に署名し、両国関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げ

カナダ側の説明によると、防衛の分野では、物品役務相互提供協定(ACSA)が2019年に発効しています。

日本との違い・注意点

  • 日本とカナダの間には、暮らしに関わる取り決めもあります。年金の期間を合わせて数える「日加社会保障協定」などです。
  • 外務省とカナダ政府は、人の数を別の考え方で数えています。日本国籍の人の数と、日本にルーツを持つ人の数を比べるときは、何を数えた数字かを確かめておくと、取り違えを防げます。
  • 貿易の金額は、外務省は日本円、カナダ政府はカナダドルで示しています。統計の取り方も違うため、両国の数字はそのまま比べられません。
  • 在カナダ日本国大使館は「在カナダ日本国大使館(オタワ)」で紹介しています。

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