大陸横断鉄道(Canadian Pacific Railway)
カナダ太平洋鉄道(CPR)は、1885年11月7日にBC州のクレイゲラヒーで最後の犬釘が打たれ、大西洋側と太平洋側が鉄道でつながりました。BC州の連邦加入の約束から始まり、建設には中国から来た労働者も多く加わりました。連邦政府とカナダ公園局の案内をもとにまとめます。
鉄道の約束とBC州の加入
カナダは1867年に連邦として始まりました(連邦結成(1867年))。市民権の学習用ガイド「Discover Canada(新しいタブで開く)」によると、ブリティッシュコロンビア州(BC)は、連邦政府が西海岸まで鉄道を作ると約束したことを受けて、1871年にカナダに加わりました。
この鉄道が、カナダ太平洋鉄道(Canadian Pacific Railway、CPR)です。Discover Canada は、建設の資金はイギリスとアメリカの投資家が出し、ヨーロッパ系と中国系の労働者が建設にあたったと説明しています。
年表
| 年月日 | できごと |
|---|---|
| 1871年 | BC州が連邦に加わる。西海岸までの鉄道が約束される |
| 1881年以降 | コロンビア川とフレーザー川の流域の間を通るルートとして、イーグル峠(Eagle Pass)が選ばれる |
| 1880年代前半 | 太平洋側の区間の工事のため、中国から何千人もの労働者が連れてこられる |
| 1885年秋 | 線路が完成する |
| 1885年11月7日 | BC州内陸のクレイゲラヒー(Craigellachie)で、CPRの役員ドナルド・スミス(Donald Smith、のちのストラスコーナ卿)が最後の犬釘を打つ |
| 1886年7月4日 | モントリオールからの最初の定期旅客列車が、太平洋側の終点ポート・ムーディ(Port Moody)に着く |
最後の犬釘が打たれた場所は、カナダ公園局(Parks Canada)の国定史跡の案内で、ロジャーズ峠(Rogers Pass)から西へ118kmのクレイゲラヒーとされています。
山岳区間の雪
カナダ公園局のロジャーズ峠国定史跡の案内(新しいタブで開く)によると、ロジャーズ峠を通る区間では、冬に平均12m以上の雪が降りました。列車が雪崩にあって脱線することもたびたびありました。
鉄道会社は、雪から線路を守る大きな雪よけの屋根(スノーシェッド)を作り、1888年には、オンタリオ州で1885年に発明された回転式の除雪車(ロータリー除雪車)を使い始めました。
中国系の労働者
カナダ公園局は、CPRの建設に加わった中国系の労働者を国の歴史的な出来事に指定しています(1977年)。その案内(新しいタブで開く)によると、次のとおりです。
- 太平洋からクレイゲラヒーまでの区間で働いた人の、約4分の3が中国系でした。
- 賃金は1日1ドルで、白人の労働者の半分でした。
- 仕事は危険で、暮らしの環境も悪く、何百人もの中国系の労働者が事故や病気で亡くなりました。
- 鉄道の完成後もカナダに残った人々が、BC州の中国系コミュニティの基礎を作りました。
Discover Canada は、鉄道の完成後、中国系の人々は人種にもとづく入国の料金「人頭税(Head Tax)」などの差別を受け、カナダ政府は2006年にこの政策について謝罪したと説明しています。移民の歴史は「移民の歴史」で扱います。
いまの大陸横断の旅
いま列車でカナダを旅する方法は、「長距離列車(VIA Rail)」と「大陸横断列車「カナディアン号」」で扱います。
日本との違い・注意点
- 市民権の学習用ガイド「Discover Canada」でも、大陸横断鉄道は国の歴史の大切な出来事として取り上げられています。
- 鉄道の歴史を学ぶときは、建設に加わった中国系の労働者の苦しい状況と、その後の差別の歴史もあわせて知っておくと、カナダ社会の成り立ちを理解する助けになります。
- 「最後の犬釘(The Last Spike)」の場所クレイゲラヒーは、太平洋岸ではなくBC州の内陸にあります。1886年に最初の定期旅客列車が着いた太平洋側の終点は、ポート・ムーディでした。
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