国歌「オー・カナダ」(O Canada)
カナダの国歌「オー・カナダ」は、1880年6月24日にケベック・シティで初めて歌われました。もとはフランス語の歌で、1980年の国歌法(National Anthem Act)で正式な国歌になりました。成り立ち、法律、2018年の英語の歌詞の変更、歌われるときのマナーをまとめます。
成り立ち
「オー・カナダ(O Canada)」は、もとはフランス語の歌です。カナダ文化遺産省(Canadian Heritage)のページ(新しいタブで開く)によると、次のようにして生まれました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 依頼した人 | ケベック州副総督テオドール・ロビタイユ(Théodore Robitaille) |
| きっかけ | 1880年6月24日、ケベック・シティのサン・ジャン・バティストの日の祝い |
| 作曲 | カリクサ・ラヴァレ(Calixa Lavallée)。「カナダの国民的音楽家」と呼ばれた |
| 作詞(フランス語) | アドルフ=バジル・ルティエ(Adolphe-Basile Routhier)の詩 |
| 初めて歌われた場所 | 1880年6月24日、ケベック・シティの「パビヨン・デ・パティヌール(Pavillon des Patineurs)」での祝宴 |
6月24日のサン・ジャン・バティストの日は、いまもケベック州の祝日です(ケベック州の祝日(Fête nationale))。
英語の歌詞
歌が英語圏のカナダでも広まると、フランス語の歌詞をもとにした英語の歌詞がいくつも作られ、各地で歌われました。中でも広く歌われたのが、1908年にロバート・スタンレー・ウィア(Robert Stanley Weir)が書いた歌詞です。
英語の歌詞は、フランス語の歌詞を英語に合わせて作り直した「翻案(adaptation)」です。カナダ文化遺産省によると、フランス語の歌詞は1880年に作られてから変わっていません。
国歌法
「オー・カナダ」は、1880年に初めて歌われてから100年後の1980年に、国歌になりました。ウィアの歌詞も、このとき国歌の正式な英語の歌詞になっています。
国歌法(National Anthem Act)(新しいタブで開く)は、短い法律です。
- 第2条:別表に定める「オー・カナダ」の歌詞と曲を、カナダの国歌とする
- 第3条:国歌の歌詞と曲は、パブリック・ドメイン(public domain、だれでも自由に使える状態)であると宣言する
2018年の変更
カナダ文化遺産省によると、2018年1月31日、男女の平等のために英語の歌詞を変える法律が成立しました。英語の歌詞の1か所で、「息子たち」を表す言葉が「私たちみんな」を表す言葉に変わっています。フランス語の歌詞は変わっていません。
歌われるときのマナー
カナダ文化遺産省の国歌のページ(新しいタブで開く)は、次のように案内しています。
- 「オー・カナダ」が演奏されるときは、場に合わせて立つのがならわしです。ほかの国の国歌のときも同じです。
- 以前は男性が帽子を取るならわしがありましたが、いまはそうした決まりはありません。帽子などをかぶったままにするかどうかは、性別にかかわらず本人が決めます。
- 一般に、国歌の演奏のあとは拍手をしません。
- カナダ国内で2つの国歌を演奏するときは「オー・カナダ」を優先し、行事の始めに「オー・カナダ」、次にもう一方の国歌を演奏します。
カナダ文化遺産省のページには、英語とフランス語を合わせて歌う「二言語版」も載っています。また、国王の歌(Royal Anthem)として「ゴッド・セーブ・ザ・キング(God Save The King)」があります。国王とカナダの関係は立憲君主制と国王・総督で扱います。
ここに注意してね!
- カナダの国歌には、英語とフランス語のそれぞれに公式の歌詞があります。英語の歌詞はフランス語の歌詞の直訳ではないため、意味は同じではありません。公用語については公用語(英語とフランス語)にまとめています。
- 国歌法は、国歌の歌詞と曲をパブリック・ドメインとしています。
- 「オー・カナダ」が流れる場では、場に合わせて立って聞くのがならわしです。演奏のあとは、一般に拍手をしません。
この記事をシェアする